長崎といえば夜景や出島、ちゃんぽんを思い浮かべる人が多いかもしれません。でも島原半島に、日本史上最大の一揆「島原の乱」の舞台となった城があるのをご存知でしょうか。少年武将・天草四郎が率いた一揆軍と幕府軍が激突した壮絶な歴史を持つこの島原城、実は熊本港からフェリーでわずか約30分というアクセスの良さも魅力です。10月からは九州ふっこう応援割もスタートするので、これまでご紹介してきた熊本の城めぐりとあわせて訪れやすいタイミングです。

重税が招いた悲劇。松倉家と島原城の歴史
島原城は1618年(元和4年)、築城の名手として知られた松倉重政が築城を開始し、1624年に完成しました。わずか4万石の大名でありながら、総石垣づくりで5重5階という大きな天守と49棟もの櫓を備えた、身分不相応なまでに豪華な城でした。
この無理な築城の負担は、そのまま領民にのしかかります。重政の子・松倉勝家の代になると、実際には4万石ほどの石高を10万石と過大に見積もり、領民は実質5倍もの年貢を課せられました。人頭税や住宅税まで新設され、年貢を納められない農民の妻子を人質に取るなど、過酷な取り立てが横行します。さらにキリシタンへの弾圧も苛烈を極め、雲仙地獄の熱湯を使った拷問・処刑まで行われたと伝えられています。
積もり積もった怒りは1637年(寛永14年)、ついに爆発します。年貢を納められなかった庄屋の妻が水牢で命を落としたことをきっかけに領民が蜂起し、代官を殺害。少年武将・天草四郎時貞を総大将に一揆軍がまとまり、後に「島原の乱」と呼ばれる日本最大の一揆へと発展しました。
乱の鎮圧後、責任を問われた松倉勝家は大名でありながら斬首に処されるという、江戸時代を通じても異例の処分を受けました。代わって入封した高力忠房は、島原の農民に年貢を1年間免除するなど復興に努めたと伝わります。現在の天守は1964年に再建された復興天守です。
島原城の見どころ
- 復興天守:1964年再建の5重5階の天守。最上階からは有明海と雲仙岳を一望できる
- 石垣と堀:迫力ある高石垣と広い水堀が今も残る。春は菖蒲、夏は蓮が彩りを添える
- 武家屋敷:城下町に残る史跡群。当時の暮らしぶりをしのべる
- 鯉の泳ぐまち:「島原湧水群」として日本名水百選に選ばれた湧水が流れる水路に、色鮮やかな錦鯉が泳ぐ、水の都・島原を象徴する景観。幾度も火山災害に見舞われてきた島原ですが、今もこんこんと湧き続ける清らかな水は、その底力を静かに物語っています
10月スタート「九州ふっこう応援割」でお得に
観光庁は2026年10月1日から、熊本地震の復興を後押しする「九州ふっこう応援割」を実施します。長崎県は熊本県・鹿児島県に次ぐ割引率が設定されており、複数県をまたぐ周遊旅行であればさらにお得になります。
| 対象エリア | 割引率 | 補助上限額の目安 |
|---|---|---|
| 熊本県・鹿児島県 | 60% | 1泊2万円/パック旅行3万円 |
| 九州の他県(長崎県含む) | 50% | 複数県周遊は3.5万円 |
予約は旅行会社や宿泊予約サイト経由で、詳しい条件は都道府県ごとに順次発表されます。予約前に最新情報を確認しましょう。
熊本城とあわせて巡る、1泊2日モデルコース
島原は長崎県に属しますが、実は熊本港からのフェリーが便利です。熊本フェリー「オーシャンアロー」なら熊本港から島原港まで約30分、1日6便(週末・祝日は7便)運航しています。島原港からはタクシーで島原城まですぐです。長崎市内からの場合は、長崎自動車道・諫早ICから車で約60分、または島原鉄道・島原駅から徒歩10分です。
1日目
- 熊本港からフェリーで島原港へ(約30分)
- 島原城で天守・石垣・武家屋敷を見学
- 徒歩で「鯉の泳ぐまち」まで散策(武家屋敷などを経由して約30分)、湧水と錦鯉の景観を楽しむ
- 島原市内、または車で30〜40分ほどの雲仙温泉に宿泊
2日目
- フェリーで熊本港へ戻る
- 最初にご紹介した熊本城とあわせて、加藤清正と松倉重政、ふたりの築城の名手が遺した城を見比べる旅に
宿探しには、応援割が使える宿泊予約サイトの活用がおすすめです。島原市内の宿だけでなく、雲仙地獄で知られる歴史ある温泉地・雲仙温泉に泊まって、旅の疲れを癒すのもおすすめです。
島原城と島原の乱についてもっと知りたい人には、こちらの一冊もどうぞ。
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まとめ
日本最大の一揆の舞台となった島原城と、湧水が織りなす”水の都”の風景。熊本からフェリーでわずか30分という近さも、これまでの熊本エリアの城めぐりとあわせて訪れやすいポイントです。応援割を活用してお得に、旅を計画してみませんか。最新のアクセス状況や応援割の詳細は、訪問前に必ず公式サイトで確認してください。


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