たった一つの城を巡って、100年以上争い続けた武将たちがいた——そう言われても、正直ピンとこないかもしれません。でも実際に飫肥の武家屋敷通りを歩いてみると、その執念の理由が肌で分かります。「九州の小京都」と呼ばれるこの城下町は、宮崎県日南市に今も江戸時代さながらの姿で残っていて、静かな通りを歩くだけで時代が巻き戻ったような感覚を味わえます。10月からは九州ふっこう応援割もスタートするので、じっくり町歩きを楽しみたい旅にはぴったりのタイミングです。

伊東氏と島津氏、100年の攻防の末に
飫肥城をめぐる争いは1485年(文明17年)、伊東祐国が島津方の飫肥城を攻めて戦死したことに始まります。以後、伊東氏は幾度となく飫肥を攻め、島津氏もまた城主を交代させながら統治を続けるという、一進一退の攻防が長く続きました。
1568年、伊東義祐は48の支城を築いて日向国を席巻し、ついに飫肥城を奪取。次男の伊東祐兵を城主に据えます。しかし1572年の木崎原の戦いで島津方に大敗し、わずか9年で城を再び失ってしまいました。
その後、伊東氏は豊後の大友宗麟、そして豊臣秀吉のもとに身を寄せます。1587年、秀吉の九州平定によって島津氏が屈すると、その功により伊東祐兵は秀吉から正式に飫肥城を与えられました。実に100年以上続いた争奪戦に、ここでようやく終止符が打たれたのです。以後、飫肥城は明治維新まで伊東氏の居城として続きました。
1873年(明治6年)の廃城後、建物は取り壊されましたが、昭和期に大手門などの復元が進み、1977年には城下町の武家屋敷群が九州で初めての重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
飫肥城・飫肥城下町の見どころ
- 大手門:昭和53年に復元された、城下町のシンボル的な門
- 松尾の丸:江戸時代の御殿建築を再現した施設
- 飫肥城歴史資料館:伊東家伝来の甲冑・刀剣・古文書などを展示
- 武家屋敷通り:九州で初めて重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた、石垣と生垣が続く城下町の町並み
- 小村寿太郎記念館:飫肥出身で日露戦争後のポーツマス条約を締結した外交官・小村寿太郎の足跡をたどれる
10月スタート「九州ふっこう応援割」でお得に
観光庁は2026年10月1日から、熊本地震の復興を後押しする「九州ふっこう応援割」を実施します。宮崎県は熊本県・鹿児島県に次ぐ割引率が設定されており、複数県をまたぐ周遊旅行であればさらにお得になります。
| 対象エリア | 割引率 | 補助上限額の目安 |
|---|---|---|
| 熊本県・鹿児島県 | 60% | 1泊2万円/パック旅行3万円 |
| 九州の他県(宮崎県含む) | 50% | 複数県周遊は3.5万円 |
予約は旅行会社や宿泊予約サイト経由で、詳しい条件は都道府県ごとに順次発表されます。予約前に最新情報を確認しましょう。
城下町をゆっくり歩く、1泊2日モデルコース
宮崎空港からは車で約40分、東九州自動車道・日南東郷ICからは約10分です。電車の場合はJR日南線で宮崎駅から飫肥駅まで約1時間25分、駅から徒歩15分。距離があるぶん、宮崎市内に宿泊して日帰りで訪れる人も多いエリアです。
1日目
- 飫肥城の大手門・松尾の丸・歴史資料館を見学
- 武家屋敷通りを散策し、城下町の名物「飫肥天」を味わいながら、石垣と生垣が続く町並みを楽しむ
- 小村寿太郎記念館で、飫肥出身の外交官の足跡をたどる
- 一本釣りカツオ漁獲量日本一を誇る日南市のご当地グルメ「カツオ炙り重」も、市内で味わえる店を探してみたい
- 日南市内、または宮崎市内に宿泊
2日目
- 宮崎市内観光や、日南海岸方面へ足を延ばす
宿探しには、応援割が使える宿泊予約サイトの活用がおすすめです。
飫肥城と伊東氏についてもっと知りたい人には、こちらの一冊もどうぞ。
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まとめ
100年におよぶ伊東氏と島津氏の攻防の末に手にした飫肥城と、今もその歴史を色濃く残す”九州の小京都”の町並み。応援割を活用してお得に、旅を計画してみませんか。最新のアクセス状況や応援割の詳細は、訪問前に必ず公式サイトで確認してください。

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